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		<title>『砂漠の鳥』別館</title>
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		<description>詩やエッセイを書いています。(本館)　ここ(別館)では、「時事問題」とかちょっとした「日記」をつづってみます。　ぜひコメントをくださいね。</description>
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		<link>http://poem.dtiblog.com/blog-entry-12.html</link>
		<title>詩について・・・</title>
		<description>詩は陽から陽を生み出す
　　陰から陰を生み出す

詩は陰から陽を生み出す
　　陽から陰を生み出す

詩は無から陽を生み出す
　　無から陰を生み出す

…</description>
		<content:encoded><![CDATA[ 詩は陽から陽を生み出す
<br />　　陰から陰を生み出す
<br />
<br />詩は陰から陽を生み出す
<br />　　陽から陰を生み出す
<br />
<br />詩は無から陽を生み出す
<br />　　無から陰を生み出す
<br />
<br />… ]]></content:encoded>
		<dc:subject>詩</dc:subject>
		<dc:date>2008-12-01T00:29:41+09:00</dc:date>
		<dc:creator>itaru</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://poem.dtiblog.com/blog-entry-11.html">
		<link>http://poem.dtiblog.com/blog-entry-11.html</link>
		<title>初冬に、来し一年の短きを思ひて・・・</title>
		<description>初春の別れの水に萌え出でていつしか染みぬふるさとが山</description>
		<content:encoded><![CDATA[ 初春の別れの水に萌え出でていつしか染みぬふるさとが山 ]]></content:encoded>
		<dc:subject>短歌</dc:subject>
		<dc:date>2008-11-22T13:50:55+09:00</dc:date>
		<dc:creator>itaru</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://poem.dtiblog.com/blog-entry-10.html">
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		<title>年賀状と「あけおめメール」</title>
		<description>『日本の伝統崩壊？ 手書きの年賀状より「あけおめメール」に真心を感じる人たち』（記事 http://markezine.jp/article/detail/859）
</description>
		<content:encoded><![CDATA[ 『日本の伝統崩壊？ 手書きの年賀状より「あけおめメール」に真心を感じる人たち』（記事 <a href="http://markezine.jp/article/detail/859" target="_blank" title="http://markezine.jp/article/detail/859">http://markezine.jp/article/detail/859</a>）
<br />
<br />　若い人の間では、「リアルタイムで届く"あけおめメール"のほうが、何日も前に書かれたはがきの年賀状よりも心がこもっている」と思う人が多くなっており、年齢別で見ると年代が若くなるほど年賀メールが増えている。(抜粋)
<br />
<br />　だそうです。
<br />　そんなに「すぐ」ってことが大切ですか？？
<br />
<br />　ただ、本当は「時間」自体が問題じゃないように思う。
<br />　携帯電話とかの発達の中で、「孤独」がどんどんつらいものになってきてしまったんじゃないかな。なにかを通じて（たとえそれが電波でも）「誰かとつながっていたい」って思ってるからじゃないかな。
<br />　だから、年のはじめの挨拶でも、それがばっかりが大事になってる。言葉なんて、ほとんど「どうでもいい」んです。
<br />　「あけおめ〜」って一言もらっただけでも、「つながってる！」って思えて嬉しい。
<br />　でも、やっぱり、それじゃだめだと思うんです。
<br />
<br />　「つながってる！」を大切にしすぎるのは、逆に「切れてしまう」ことを強く恐れることにもなるんです。
<br />　「つながっていなきゃ！つながっていようとしなきゃ！きれちゃう！」
<br />　本当に、周りを見ていてかわいそうだと思うんです。本を読んでいても、メールが届けばすぐに返信させられる・・・。自分のことに集中することもできず、友達！友達！　それも、その友達は「幻想」の友達なんです。
<br />　本当の友達は、離れていてもつながっていると思える友達のはずだと思うんです。
<br />　じゃあ、何でそんなことになるのか。
<br />　それは、「誰とでも仲良くしないといけない！」って思い込んでいるからだと思うんです。そうして、本当は仲良くなれないような人と付き合い始めるんです。お互いに理解できていないから「切れる」のをいつも恐れていないといけない。
<br />
<br />　どうしたらいいか。ちょっとだけ「孤独」に耐えることが必要なんです。それができれば、「本当に仲良くできる人」を探すための時間が稼げる。
<br />　それがなかなか難しいことなんですね。「孤独」を知らずに育ってくれば、携帯電話とかのせいで「孤独」を忘れてしまえば、「孤独」への耐性がなくなってしまう。
<br />　さて、いったいどうしたものでしょうか。 ]]></content:encoded>
		<dc:subject>日記</dc:subject>
		<dc:date>2008-11-16T01:44:25+09:00</dc:date>
		<dc:creator>itaru</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://poem.dtiblog.com/blog-entry-8.html">
		<link>http://poem.dtiblog.com/blog-entry-8.html</link>
		<title>久しぶりに・・・</title>
		<description>　久しぶりに詩をup!(本家)

　たまにはupしましょうか・・・</description>
		<content:encoded><![CDATA[ 　久しぶりに詩をup!(本家)
<br />
<br />　たまにはupしましょうか・・・ ]]></content:encoded>
		<dc:subject>日記</dc:subject>
		<dc:date>2008-09-07T08:35:39+09:00</dc:date>
		<dc:creator>itaru</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
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		<item rdf:about="http://poem.dtiblog.com/blog-entry-4.html">
		<link>http://poem.dtiblog.com/blog-entry-4.html</link>
		<title>新暦八月は「葉月」ですかな？</title>
		<description>　新暦八月を「葉月」と呼ぶことがある。一月は「睦月」、二月は「如月」、・・・。
　私にはなんか気に食わない。というのは、やはり新暦の「八月」と旧暦の「葉月」には大きな時季のずれがあるからだ。
　旧暦の異名には、それぞれに意味がある。
　</description>
		<content:encoded><![CDATA[ 　新暦八月を「葉月」と呼ぶことがある。一月は「睦月」、二月は「如月」、・・・。
<br />　私にはなんか気に食わない。というのは、やはり新暦の「八月」と旧暦の「葉月」には大きな時季のずれがあるからだ。
<br />　旧暦の異名には、それぞれに意味がある。
<br />　<a href="http://gogen-allguide.com/ha/hazuki.html" target="_blank" title="「葉月」などの名の由来についてはこちらを参照">由来についてはこちらを参照</a>
<br />　「自然の移り変わり」や「人と自然とのかかわり」を由来とする異名が多いのだから、やはりそのまま「一月＝睦月」、「二月＝如月」、・・・と置き換えることには抵抗を感じずにはいられない。 ]]></content:encoded>
		<dc:subject>日記</dc:subject>
		<dc:date>2008-08-02T15:23:31+09:00</dc:date>
		<dc:creator>itaru</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
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