『日本の伝統崩壊? 手書きの年賀状より「あけおめメール」に真心を感じる人たち』(記事
http://markezine.jp/article/detail/859)
若い人の間では、「リアルタイムで届く"あけおめメール"のほうが、何日も前に書かれたはがきの年賀状よりも心がこもっている」と思う人が多くなっており、年齢別で見ると年代が若くなるほど年賀メールが増えている。(抜粋)
だそうです。
そんなに「すぐ」ってことが大切ですか??
ただ、本当は「時間」自体が問題じゃないように思う。
携帯電話とかの発達の中で、「孤独」がどんどんつらいものになってきてしまったんじゃないかな。なにかを通じて(たとえそれが電波でも)「誰かとつながっていたい」って思ってるからじゃないかな。
だから、年のはじめの挨拶でも、それがばっかりが大事になってる。言葉なんて、ほとんど「どうでもいい」んです。
「あけおめ〜」って一言もらっただけでも、「つながってる!」って思えて嬉しい。
でも、やっぱり、それじゃだめだと思うんです。
「つながってる!」を大切にしすぎるのは、逆に「切れてしまう」ことを強く恐れることにもなるんです。
「つながっていなきゃ!つながっていようとしなきゃ!きれちゃう!」
本当に、周りを見ていてかわいそうだと思うんです。本を読んでいても、メールが届けばすぐに返信させられる・・・。自分のことに集中することもできず、友達!友達! それも、その友達は「幻想」の友達なんです。
本当の友達は、離れていてもつながっていると思える友達のはずだと思うんです。
じゃあ、何でそんなことになるのか。
それは、「誰とでも仲良くしないといけない!」って思い込んでいるからだと思うんです。そうして、本当は仲良くなれないような人と付き合い始めるんです。お互いに理解できていないから「切れる」のをいつも恐れていないといけない。
どうしたらいいか。ちょっとだけ「孤独」に耐えることが必要なんです。それができれば、「本当に仲良くできる人」を探すための時間が稼げる。
それがなかなか難しいことなんですね。「孤独」を知らずに育ってくれば、携帯電話とかのせいで「孤独」を忘れてしまえば、「孤独」への耐性がなくなってしまう。
さて、いったいどうしたものでしょうか。